浄源寺の沿革

 
概 略


  • 寺号の祖浄源坊 〜 員弁寺の創建者とされている春澄朝臣善縄の子孫員弁進士行綱の子行経は祝髪し、入道となり浄源坊と称し員弁寺に住した。これが浄源寺の寺号の由来となった。
  • 念仏の祖浄圓坊 〜 数世を経て浄圓坊という道心堅固の僧があり、天台宗真盛上人の徳風を慕い笈を負って随うこと数年の後、念仏の教えを授けられ、更に晩年には、文明年間(1469〜1489)に本願寺第8代門主蓮如上人に帰依し、師に従って諸国を巡歴して帰坊の後賜った六字名号を安置し、念仏勤行を勧めたので、天台宗から専修念仏の道場へと変わった。
  • 初 代釋 順西 〜 浄圓坊の弟子順西は、師の教えを相続して天文年間(1531〜1534)に本願寺第10代門主証如上人の時代に浄土真宗の宗風に改め、浄土真宗寺院となる。しかし、まもなく織田信長の伊勢攻略が始まり、伊勢長島の戦いで順西は天正2年(1574)に討ち死にしたと伝えられている。現在、順西をもって浄土真宗本願寺派員弁山浄源寺の開基と定めている。
  • 二 代浄圓坊 釋 正圓 〜 順西の子正圓は、兵火の治まった天正12年(1584)に旧地の近く(現在地)に仮御堂を建立し、浄源寺が再興されることとなる。正圓は後に浄圓坊と号す。
  • 三 代:釋 正因
  • 四 代釋 正圓
  • 五 代釋 了圓
  • 六 代釋 了哲 〜 浄圓坊正圓の再建以来、仮御堂のままであったのを了哲は宝永6年(1709)に五間四面の本堂に改築する。
  • 七 代釋 勝因
  • 八 代釋 恵明
  • 九 代釋 智教
  • 十 代釋 慈教 〜 天保6年(1835)に3年の歳月をかけて七間四面の現本堂を新築し、翌年庫裏の再建を行う。
  • 十一代釋 恵妙
  • 十二代釋 蓮栄
  • 十三代釋 含章
  • 十四代:釋 真澄 〜 築後約170年経過した現本堂を、修復事業開始から約8年、平成14年(2002)より約1年半の工事期間をかけ、門信徒の助力のもと改修を行う。
  • 十五代:釋 明宏